院長プロフィール

一人でも多くの人の役に立ちたい。

健康を、元気を取り戻し、
笑顔になる人を増やしたい

はじめまして、
山口防府カイロプラクティック院長の 大村 幸広
(おおむら ゆきひろ)と申します。

数あるサイトの中から当院のホームページを
ご覧頂き、誠にありがとうございます。

「人様のお役に立てるような仕事がしたい!」

その思いを胸に一生懸命、
仕事に励んでおりましたが、

前職を辞して「治療家」の道に
チャレンジしました。

「治療家」に対する私のイメージは、
「よりダイレクトに喜んで頂ける仕事」です。

お気持ちやお身体に関する悩みに対しての仕事ですので、
その責任も大きく、この業界に飛び込んだことは、
私の人生の中での最大の決断だと感じています。

当院のご提供する「スマートリンク」という治療法は、
「ココロとカラダをスムーズに繋ぐ」という意味から名づけられました。
ココロとカラダはどちらも大切で、いづれの調子が落ちても
連動して両方が不調になることが多いです。
ココロとカラダは繋がっているんです!

あなたの人生がどうか楽しく、幸せなものであってほしいと願っております。
当院の治療によって、あなたの再出発を全力でサポートさせて頂きます。
あなたの「笑顔」が、私の何よりの幸せです。

皆さまに愛される治療院を目指して、生涯をかけて努力いたします。

山口防府カイロプラクティック院長
大村 幸広

略歴

兵庫県西宮生まれ。生後6ヶ月で山口県防府市へ。

・松崎幼稚園卒園、松崎小学校卒業、国府中学校卒業

・山口県立 防府高校卒業

・駒澤大学 経営学部卒業

・印刷業に18年携わる。

「人様の役に立てるような仕事をしたい」という思いから、治療家の道を志す。
・SLCA(スマートリンク・カイロプラクティック・アカデミー)入学

大阪・堺市のスマートリンク・カイロプラクティックアカデミー(SLCA)にて 治療技術を修得。

・厳しい実習を経て、2010年、山口県防府市にて独立開院

資格

◆SLCA認定
 カイロプラクティック・セラピスト

◆加圧ジャパン株式会社認定
 加圧トレーニング・インストラクター

◆JCI認定
 プライム・グラデュエート(コーチング資格)※日本語で取得

◆日本商工会議所認定
 メンタルヘルス・マネジメントⅡ種・Ⅲ種

◆日本ダイエット健康協会認定
 プロフェッショナルアドバイザー
 及びインストラクター

治療で心掛けていること

治療で心掛けていることが2つあります。

一つは、患者様にとって居心地の良い場所を提供することです。

そのために、院内を常に清潔に保ち、患者様に「ここに来てよかった」と

思って頂けるよう、誠実な対応を心掛けています。


もう一つは、患者様としっかりお話をして、一緒に改善に向けて頑張っていく

ことです。患者様自身が持つ「自然治癒力」を引き出し、お悩みの症状が完治

されるよう心を込めて治療をさせて頂きます。

もっと詳しい経歴

生年月日・血液型

1964年(昭和39年)6月1日生まれ・ふたご座。血液型はO型です。

趣味

サッカー(38歳までは現役でしたがケガで…。ひそかに復活を狙っています!)

読書(医学・治療関係書物、小説など何でも!)

料理(食べるのも作るのも好きです!)

好きな食べ物

基本的に何でも食べられます。肉も魚も野菜も大丈夫です!

甘いものも、辛いものも大丈夫です!

唯一食べられなかった「しいたけ」をストレス治療で克服し、
もう怖いものは何もありません^^

家族構成

妻と子供2人の4人家族です。長男は東京、次男は山口の大学に通っています。

学生時代

◆松崎幼稚園
父・私・息子2人と3世代お世話になりました。そのようなご縁もあり、いまだに役員がぬけられません…。

◆松崎小学校
私が6年生の時に100周年を迎えたと記憶しています。
当時は木造でしたが、今は近代的な建物になっています。少しさみしい感じはしますが、時代の流れですね。
5年生の時にサッカーを始めました。

国府中学校
家から2km弱という距離を毎日歩いて通学でした。部活の帰りは、きつかったです。
サッカー部に3年間所属。副キャプテンをさせて頂きました。
県体会で優勝するなど、なかなか強いチームではありましたが、残念ながらラフプレーの多いチームでした。

防府高等学校
奇跡的に合格しました。3年間サッカーに没頭しました。キャプテンをさせて頂きました。山口高校、多々良高校など全国大会常連の強豪チームには勝ち
ましたが、宇部高校に勝てず、全国大会は逃しました。

駒澤大学
経営学部でサッカーを学びました^^1日中サッカー漬けでし
た。関東リーグの1部ということで、当時日本の学生リーグで
一番レベルが高かったです。3年の時、奇跡的にリーグ戦に
出ることができました。技術ではかないませんでしたが、体力
だけは通用したようです^^
無事、4年で卒業できました。

日本プリンティングアカデミー
家業が印刷会社でしたので、専門学校に通いました。
当時はセカンドスクール時代ということで大学を卒業後、また専門学校に入るということもアリでした。
卒業はせず、途中で東京の印刷関係の会社に就職。お金の無駄遣いと言われれば、返す言葉はございません。ただこの学校で妻と出会いましたので、その点は◎です。

社会人になって

東京の四谷にある印刷関連の会社に修業のため勤務しました。

当時は景気もよく、給料もかなり頂いておりましたが、とにかく忙しく週刊誌や

月刊誌の仕事をしていましたので、原稿待ちで車に泊まることが多かったです。

今は通信が発達していますので考えられませんが、当時は原稿が出るまで人が

待つ時代でした。


3年東京で働き、地元に帰って自社に入社しました。営業として市役所などを

担当させて頂きました。やはり、夜は遅かったです。

山口に帰って半年で結婚しました。妻は、群馬から来てくれました。

本社で3年営業を経験した後、関連会社に移りました。

しばらく営業をした後、代表取締役になりました。小部数の印刷物を得意と

して小回りの効く営業をしていましたが、パソコンの普及により仕事が減少、

その部署を閉鎖することにしました。

本社に戻るという選択肢もありましたが、身内だからといって出たり入ったり

することが自分の中で許せず、印刷業から離れる決心をしました。


ゆっくり次の仕事を選択するという感覚にはなれず、数日後に知人の会社に

入社しました。造園業を主に民間の「みちの駅」のような施設を経営していた

会社でした。その道のえきのような部門を担当させて頂きました。

印刷のノウハウが生きる職場ではありましたし、社長様が情熱を持たれた熱い

方でおもしろい毎日でしたが、自分で経営したいという気持ちが次第に強くな

っていく毎日でもありました。


迷いました。


人生の岐路に立った時、書店でふと手にした本が、お世話になったSLCA

荒田代表書かれた本でした。しかも、東京でお世話になった出版社の本。

運命を感じました。SLCAでの研修は、それまでの私の考えをはるかに

超えた勉強量、スピードで圧倒されっぱなしの毎日が続きました。

自分の甘さに気づき、苦しい毎日ではありましたが、やりがいがあり、

改善されていく患者様の姿が私のエネルギーになりました。

人生の方向が間違っていないことを実感できました。

修行時代を経て、2010年9月15日、実家を改装し、独立開院いたしました。